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地蔵仏 2・21 [2019年写真]

DSC05042.JPG☆いまでこそ風光明媚ですが、往時は草木もない硫黄の地獄池か。箱根越えのいちばんの難所。身代わり思想の地蔵菩薩が岩に刻まれた。鎌倉幕府ができたころだ。忍性が連れてきた彫師か。芦ノ湖がちかい。

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精進池 2・21 [2019年写真]

DSC05070.JPG☆お墓の近くに、池があります。精進池といいます。「しょうじがいけ」と読みますか。一周してみました。遠くの高い山は、駒ケ岳でしょう。わたしの背後には、東海道、さらに背後は、双子山(ふたごやま)です。芦之湯の近くです。ここの古い旅館に泊まってみました。1999年のこと。

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マンジュウの墓 2・20 [2019年写真]

DSC05041.JPG☆源満仲(みなもとのみつなか)の墓は、箱根にもあります。彼がつくった多田神社(むかしは多田院)にもあります。それで多田満仲とも呼ばれます。多田源氏の祖です。すこし時代がくだりますが、極楽寺をつくった忍性(にんしょう)は、多田院の別当(長官)を務めたりしています。

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墓地 2・20 [2019年写真]

DSC05067.JPG☆由井家の墓地です。鎌倉で800年つづく歴史的な一郭です。由井家は、池田市の多田神社のそばからきました。鎌倉弾左衛門の始祖です。忍性も多田神社にいたときがあります。そして忍性が極楽寺をつくり、坂道を新設し、その貧民救済の寺の手伝いに、非人や由井氏を頼りにしたことは間違いないでしょう。(白山神社などの地図は『決定版 資料 浅草弾左衛門』353pにあります)

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金山の白山 2・19 [2019年写真]

DSC05058.JPG☆これ以前は木の鳥居、本堂もいたんでいました。1990年ごろ、一新されました。入り口もわかります。やがて、鳥居の前を雑草でおおったり、墓地とおなじく、すこし隠されました。いまはどうでした、シュポさん。背後が金山(かなやま)です。鉄の山です。

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ピカピカ白山 2・19 [2019年写真]

DSC05049.JPG☆由井氏の白山神社。星ノ井が鎌倉の内部にあるのにくらべて、こちらは外にある。中心部の外側で街道の入り口。部落設置の定型をまもっている。非人集落にくらべて、部落はずっと遅れて、政治的に作られた。頼朝が設計したと考えておきますか。

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おかめ 2・18 [2019年写真]

DSC05056.JPGお亀です。お多福ともいいますね。この面卦行列は江戸時代は鶴岡八幡の例祭に参加していたそうです。鎌倉の非人がどこに集住していたのか、わたしは知りません。でも星の井のあたりが気になります。のちに極楽寺坂といわれる坂下。(いまより山中を通っている)。非人の組織はふるく、ほれ、奈良坂や清水坂の「坂の者」を思い出してください。

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獅子 2・18 [2019年写真]

DSC05053.JPG☆お面10種のあとに、いろいろとつづきます。近世から近代にかけて、加わったのでしょうか。これなど、獅子舞の古形か簡素化か。ふかく調べる余裕のないまま、これら写真を放置していました。(つづく)

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刀携行 2・17 [2019年写真]

DSC05065.JPG☆脇差(わきざし)でしょうか。菜摘御前の子、頼朝の落とし子は、非人頭として、代々、小刀を許可されたようです。メルヘンです。(つづく)

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非人面掛行列 2・17 [2019年写真]

DSC05045.JPG☆この仮面は「鼻長(はななが)」と呼ばれています。二個の穴は鼻の穴。目は頭巾の端、すれすれです。

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