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別枠 8・19 [2017年写真]

DSC02643.JPG次週26日、土曜、6時30分から、ここで豪華残暑払いです。

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梅のバス 8・18 [2017年写真]

DSC02354.JPG「行きはよいよい、帰りはこわい」帰りはバスで。梅のマークがちゃんと付いています。外交機能の施設は最初は博多に在った。それが、東京駅―荻窪間ほどの距離の内陸へ移って「政庁」としたのは、白村江で敗北して、倭人はビビったか。そんな夢を見ていた。

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いいね 8・18 [2017年写真]

DSC02353.JPG

nice girls!  nice shutter!

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なになぬ 8・17 [2017年写真]

DSC02344.JPG☆微醺を帯びて参道を行くと、土産物店や飲食店にまじって、なになぬ。こんなところにまで。

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太鼓橋 8・17 [2017年写真]

DSC02351.JPG☆赤い橋をなんと呼ぶのか。神橋か。渡らなかったので、わからない。足萎えにこんな急な橋はのぼれない。池をぐるりとまわる。うまいことに、広い茶店が待っていた。いまは窓ガラスもあるし、テープル席か座敷だが、江戸のころは、長椅子に緋毛氈か。ま、むずかしいことはどうでもいい。「つれさん、ここで、どう」異論はないようだ。

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名物もち 8・16 [2017年写真]

DSC02343.JPG絶唱「匂い起こせよ梅の花」によって、神となった博士のまわりは、梅だらけです。名物も、「梅が枝餅(うめがえもち)」。あんを薄いモチで包み、焼いたもの。貧窮の暮らしで腹をすかせている先生に、近隣の老婆が梅の枝に餅を刺して差し出したとか。ほんまですか。左遷という言葉が独り歩きしましたか。菅公(かんこう)の役職は、「帥(そち)(そつ)」、あるいはそのつぎ。大宰府政庁のトップですが。

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飛梅 8・16 [2017年写真]

DSC02349.JPG文学と歴史の権威にして文部大臣(文章博士)。名門「菅原家」のエリートは、左遷の屈辱に耐えられなかった。わりと単純な人間でしたか。都にもどれないなら、死んでもいい。死後、祟った。祟りまくり、敵対者をつぎつぎと殺した。京都は落雷と豪雨に見舞われる。住民は我慢できなくなり、北野天満宮を建てた。大宰府では、墓地の上に天満宮を作った。すると、京都から、あの梅の木が飛んできて、本殿前で花を咲かせた。「とびうめ」という。何代目ですか。

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文章博士の左遷 8・15 [2017年写真]

DSC02338.JPG文章(もんじょう)博士が、ついで流されてくる。博士は京を出発まえに、庭の梅の木に、「わたしを忘れてくれるな」と、一首、詠んだ。百人一首にある。この土地に来て大邸宅に住んだが、二年ほどで病死した。大伴旅人(おおとものたびと)のようにもどれなかったのだ。政庁跡から北東2キロほどの山辺に埋葬された。行ってみましょう。

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枠外 [2017年写真]

DSC02646.JPG☆豪華残暑払い、広宣。詳しくは「掲示板」で。右の壺の絵をクリックして行けます。

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左遷の地 8・15 [2017年写真]

DSC02336.JPG☆この広大な方形の土地にどんな豪奢な御殿があったのでしょうか。なんどもの災害で変化をつづけたでしょう。西海の権力の頂点にしても、奈良の王朝から見れば、辺境です。政争に負けて左遷されてくる。もう酒を飲み、酒を讃えて見せるしか、憤懣ははけない。「なかなかに人とあらずは酒壺になりてしかも、酒に染みなわむ」人間よりは酒壺がいいとは、奇想ですね。息子が迎えにきたり、愛妻を失ったり、天性の詩人はたいへんでした。

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